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魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
救命センタースタッフが不定期、順不同で書き綴ります。

“あきらめない強い心”が起こした奇跡 ~続編~

こんにちは!

救命センター看護師の阿部と新井です。

今回は私たちが担当させていただいたSさんとの出会いについて紹介させていただきます。

 

Sさんは冬のスノーボード事故で脊髄損傷を患ってから半年近く当院で闘病された後、

地元の関東地方の病院へ転院されました。

ICU入室した直後は手足の感覚や動きも消失し、自分で寝返りを打つ事も

自分の手でナースコールを押すことも

手元のティッシュ1枚を摘み取る事さえも難しい状況でした。             

その後、幾度か大きな手術を受け、一時は呼吸状態が安定せず

人工呼吸器を装着する話も挙がるほど危機的な状態にも直面します。

 

私とSさんは同じ20代前半と年齢が近いことも重なり

受け持ち当初、いろいろと自分の身に置き換えて考えました。

私が彼女と同じ状況に立たされたらどうなるだろうか。

きっと突然の出来事に酷く失望し、生きる希望も見失うだろう。

Sさんは大丈夫なのか、と彼女の心情に思いを馳せながら

窓辺から夕陽が射し込んだある日の夕方、

Sさんのお部屋に訪室し、そっと今の心境について聞いてみました。

そこで返ってきた言葉は思いもよらぬ返答でした。

「私、頑張りたいんです。不安もあるけどなってしまったものは仕方ない。後悔よりも

今は頑張りたい気持ちが大きいんです。」彼女の意志の強さに皆、驚かされました。

Sさんの、真っ直ぐと見開いた瞳の奥には迷いの影はなく、確実に前へ進みたいという

意志の強さをはっきりと感じました。

私たちはそんな彼女の思いを汲みとり

二人三脚で共に闘っていこうと改めて胸に誓いました。

まもなく治療と並行して本格的にリハビリが開始となります。

四肢の関節を動かす運動から、血圧や呼吸の変動に目を配りながら少しずつ上体を上げていき、初めは座位の姿勢に慣らしていく時間を増やすなどリハビリはとても慎重に、いくつもの細やかな段階を設けながら進めていきました。

時には呼吸筋を鍛える特殊な機械を使用し排痰を促したりなど

理学療法士と医師、看護師で情報共有し合いSさんに合わせたリハビリプランを考えました。どんな時もSさんは決して弱音を吐くことなく

懸命に、そして着実に一つ一つのリハビリに取り組んでいきました。

そして努力の甲斐もあり少しずつ僅かに感覚や動きが戻ってきたとき

私たちは自分の身体に起きた出来事のように嬉しく、共に喜び合ったことを今でも思い出します。

時にはベッドサイドで洗髪をしながら、同世代として趣味嗜好の話に花を咲かせたり

退院後、自分の足で歩けるようになったら行きたい場所、チャレンジしたいことなど

沢山語らいましたね。

”友達と車椅子でディズニーランドに行きたい”

”ライブやフェスにも行きたい”

Sさんの隣でお話しを聞きながら彼女なら絶対行ける、どんな困難でも乗り越えられると私たちは密かにそう確信していました。

数か月の間、集中治療室で過ごされた後、一般病棟へ移られた後も

Sさんがリハビリで車椅子に乗れたこと、歩行器で歩けるようになったこと、

さらには地元の転院が決まったこと。

そんな嬉しい報告を何度か耳にしながらSさんの身体の回復と成長を陰ながら

いつも見守っていました。

その後、無事に地元の病院へ転院されてから5か月が経過した先月。

ご家族と一緒にSさん自らの足で三階の病棟まで歩いて遊びに来てくださった姿を目の当りにした時、信じられないという驚きの気持ちと同時にぐっと胸に熱いものが込み上げ、思わず目頭が熱くなりました。

今は仕事復帰に向けて着々と準備を進めていると話されるSさん。

「私と同じような状況に遭った人の支えになりたい」そうお話しする彼女の瞳の奥は

キラキラと輝き、希望に満ち溢れていた表情を私たちはずっと忘れることはありません。「またいつでも遊びにいらしてください!」

 

あきらめない心が起こした奇跡【2019年6月投稿:山口救命センター長】はこちら↓

 

“あきらめない強い心”が起こした奇跡