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魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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救命センタースタッフが不定期、順不同で書き綴ります。

「実習に来ました!!」

こんにちは、看護師の入田です。

 

現在、私は魚沼基幹病院のキャリア支援制度を利用し、都内の大学院へ通っています。

大学院では、急性・重症患者看護専門看護師になるために学習しています。

今回、8月19日~9月6日(3週間)実習のために、魚沼基幹病院のACUへ戻ってきました。

 

私は大学院の実習で、全部で6カ所の病院を体験しました。

その実習のなかで気がつくことができた、魚沼基幹病院ACUの良いところを発表します。

 

景色が良い集中治療室!!

「田舎だから当然でしょ。」と思うかもしれませんが、これは患者さんのからだにも大きな影響を与えます。ACUのような集中治療室は、器械の光や音などによって、日常とは大きく異なる環境にあります。このような環境が1つの原因となって、「せん妄」という脳の障害を引き起こしてしまいます。せん妄を予防するためにACUスタッフは、この景色を活用しています。

通常のベッドの向きでは景色が患者さんの背中側にあるため見えません。しかし、病状が落ち着き、命を守っていた器械が外れてきたら、患者さんが景色を見られるようにベッドを動かし、日常を感じてもらっています。

 

これはほんの1つの例ですが、ACUスタッフは患者さんの病状回復と家族の支援のために、いつも良い看護は何かな?と考えています。

 

私は、スタッフが患者さん、家族に最善の看護が提供できるように、お手伝いしていきたいと思います。

 

3週間、ありがとうございました。

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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DMAT隊員になって初出動!

こんにちは、救命センター看護師の池田です。

 

みなさん、6月18日にあった山形沖地震を覚えているかと思います。

その際、私は初めてDMATとして出動をしました!

DMATとは災害医療派遣チームのことです。

(DMATの詳細については過去の救命センターブログをご参照ください)

新潟・山形地震 魚沼基幹病院DMAT出動

看護師を目指し始めてからずっと憧れていたDMAT隊員になることができ、今回が初めての出動でした。

その時のことを少しお話したいと思います。

 

深夜の出発でしたが、あまりの緊張で道中全く眠くなることなく、災害地に到着しました。

被災地の被害は少なく医療ニーズは満たされていたため待機という形で、病院に戻りました。

「自分の身を守るためには何が必要か?」

「被災地での必要物品は?」

「傷病者のトリアージのやり方は?」など

訓練で行ったことを実際に準備し、再確認を行うことができ、現場での活動はありませんでしたがとても良い経験になりました。

私にとっては大きな一歩だったと思います。

 

今後も災害発生時には今回の活動を生かし、さらにスムーズに対応できるように心掛けていきたいと思います。

帰りの車の中、みんなで食べたパンの味は一生忘れません!!

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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ふくろう物語

こんにちは

救命救急センター医師の山口征吾です。

 

今回は、野生動物とスタッフとの心温まるお話です。

 

看護師Bさん

ある日、夜勤のため魚沼基幹病院にクルマを走らせていました。

 

すると、なんと

道路の真ん中にふくろうが1匹とまっていました。

クルマが近づいても、逃げません。

 

このままでは、ひいてしまいます。

仕方がないので、クルマから降りて

そーっと、ふくろうに近づきました。

 

するどい口ばしでつつかれたら、困るなあ

そうなったら、救急外来で手当てをしてもらおう

そう思いながら、手を伸ばします。

 

ふくろうは全く逃げようともしません。

そのままBさんの腕に抱かれました。

 

どうも、ふくろうは傷ついていた様です。

少しも暴れることもなく、Bさんに介抱されます。

 

まもなく、ふくろうは元気を取り戻します。

Bさんの肩に乗っかり、ありがとうと言っているようです

 

最後に、Bさんの頭のうえに移動

頭のてっぺんから、元気よく山に戻っていきました。

 

飛び立つときに爪が頭皮に食い込んで、とても痛かったそうです。

でも、ふくろうが回復して、よかったです。

 

Bさんは以前にも、通勤中に大きなカエルをつかまえました。

野生動物とコミュニケーションがとれるのかも

 

今度は、このふくろうが恩返しに来てくれるかもしれませんね。

 

大自然にいだかれた魚沼基幹病院です。

都会の喧騒に疲れた医療関係者のみなさん

ここに戻ってきませんか?

Uターン、Iターンをお待ちしています。

 

 

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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重症熱中症は氷水にジャボーン!

こんにちは、救命救急センター医師の山口征吾です。

 

今回は、こわい熱中症のお話です。

 

魚沼基幹病院では、スポーツ中の重症熱中症患者さんが時々搬送されてきます。

 

先日、搬送されてきたのは、登山中の50代男性Aさんです。

登山経験豊富な彼は今までもたくさんの山を制覇してきたとのことです。

 

その日は、気温こそ平地で30℃程度でしたが、とても湿度が高く、風もなく、汗が噴き出すようでした。

 

登山中のAさんは途中から不調を訴えます。

フラフラし、転んでみたり、登山道から滑り落ちたり。

 

そのうちに足腰が、立たなくなり、とうとう動けなくなってしまいました。

 

数分後に反応が悪くなり、けいれんが始まります。

山中なので、病院までは、とても遠いです。

 

同僚から119番通報がされました。

要請をうけた消防は、消防防災ヘリに連絡をします。

 

当日はあいにく雲が多く、消防防災ヘリの飛行は困難を極めます。

 

地上の救助隊は登山道を上り、要救助者Aさんを発見。

 

熱中症と判断した救助隊は、可能な限り、冷却をこころみます。

 

ホットラインが伝えます。

体温は41℃を超えているということと

けいれんが止まらないということ。                                                                        

 

新潟空港を離陸した消防防災ヘリは、雲の切れ間を縫って、ようやくピックアップポイントに到着。

 

無事、Aさんをヘリ内にホイストし、ヘリ内に収容します。

 

当院の屋上ヘリポートまでは10分です。

 

屋上で待ち構えていた私たち救命センタースタッフは用意しておいた大量の氷でAさんの身体を覆います。

 

ストレッチャーを走らせ、処置ができる救急外来に急ぎます。

まだけいれんが続いていています。

意識はなく、非常に危険な状態です。

呼吸もうまくできていません。

 

これは、予想以上に悪いぞ!

 

仮に救命できたとしても、意識が戻らない可能性が高いです。

 

救急外来で、静脈ラインをとり、けいれん止めのクスリを注入します。

すぐに、けんれんは止まりました。

 

皮膚は、冷たく、蒼白でした。

体表の温度は全く、あてになりません。

直腸に温度計を入れます。

これが深部体温といって、正確な体温です。

表示された体温は41.2℃。

 

予想通り、かなり高いな!

 

そのまま気管挿管をして、人工呼吸をします。

あらかじめ用意しておいた簡易水槽内にAさんを移動させ、大量の氷水を投入。

 

推定水温は10℃以下。

 

直腸温はゆっくりと低下していきます。

 

ようやく直腸温は38.8℃を切りました。

下げ過ぎは、これまた有害です。

よし、上げよう!

 

たまたまいた別件の救急隊員の力もかりて、冷たくなったAさんをストレッチャーに戻します。

 

そこから、集中治療室で濃厚な治療を続けました。

 

数時間後、Aさんはぼんやりと開眼できるようになりました。

 

もしかしたら、うまくいくかもしれない!

 

さらに、数時間後 Aさんはしっかりと開眼しました。

 

わかりますか?

 

コクリとうなずきます。

 

手を握って!

 

ゆっくり、けれどもしっかり、握ってくれます。

 

やりました!

 

すっかり意識がもどりました。

 

意識がもどる確率は3%くらいかなと考えていた、私たちは大喜びしました。

 

この氷水にジャポーンの治療は実は日本では、あまり普及していません。

 

中等症くらいまでの熱中症は、霧吹きで水をかけながら、扇風機の風をあてる方法が有名で、普及しています。

 

ただし、これは重症には効果が弱いです。

 

日本では、この比較的安価で、効果のある治療が軽んじられています。

 

重症であるにもかかわらず、霧吹きに扇風機などの治療がおこなわれることが多いです。

 

または特殊なカテーテルを使用した、高額な治療がおこなわれたりしています。準備に時間がかかり、とてもこの氷水にジャポーンには勝てないです。

 

今回のAさんはこの氷水にジャポーン治療をしなかったら、今ころは植物状態であったと思います。

 

私たちはこの治療の普及活動をしていきたいと考えています。

 

※ご本人の承諾の上で、ブログに掲載しました。

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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絶望から希望へ

人生は、いつだって残酷だ

がんばったって、報われることなんかほとんどない

病気や事故、死だっていつやってくるかわからない

 

まさかの死

夢途中の死

闘病の果ての死

 

多くの人は、心臓が止まって、その人生を終える

だが、まれに脳が先に死を迎える人がいる

 

脳死だ

 

脳卒中、頭部外傷、窒息など限られた場合に、心臓が動いたまま脳が死ぬ

法的脳死判定で脳死と診断されれば、回復の可能性はゼロだ

 

脳死下で心臓が拍動している状態であれば、腎臓の他にさらに心臓、肺、肝臓などが移植可能になる。

 

先日、魚沼基幹病院で、クモ膜下出血で入院中の60代男性Aさんに対して612例目の法的脳死判定がおこなわれた。

 

男性は書面による臓器提供の意思表示はなかったが、家族が承諾した。

 

法的脳死判定は2名の有資格医師よる厳格な検査を6時間以上空けて2回おこなわなければならない。

 

判定の2日後の未明から摘出術がおこなわれた。

 

心臓は東大

肺は東北大

肝臓は東大

腎臓は新大

角膜は新大

 

摘出された臓器は厳重にクーラーボックスに収められ、新幹線やクルマで各大学病院へ向けて出発。

Aさんの無念の死は各地の5名の待機者に希望の光を与えた。

 

心臓、肺、肝臓の待機者はそれこそ宝くじに当たるような確率のなか一日千秋の思いで、待っている。

臓器が自分のところに来なければ、確実に死がやってくるのだ。

 

当日のうちに各大学病院でおこなわれた移植手術は成功。

 

魚沼基幹病院での脳死下臓器提供は今回で4例目

魚沼基幹病院での件数は人口当たりでは、全国平均の6倍で、全国トップレベルだ。

 

絶望を希望へつなげるために、私たちスタッフが頑張った結果である。

決して偶然なんかじゃない。

これは私たちの誇りでもある。

 

そして、尊い決断をしていただいたAさんの家族に感謝。

 

人生は、いつだって残酷だ。

だからみなさんも話し合ってみて欲しい。もしもの時のことを。

 

救命救急センター医師 山口征吾

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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進化する脳梗塞の治療

先日の夜のことだ。

 

突然、救急隊からのホットラインがけたたましく鳴る。

 

70歳代男性Aさん。

左半身がまったく動かすことができず、しゃべっていることも何を話しているのかわからない。

最終未発症確認時刻は20:30とのこと。

 

脳卒中を強く疑う症状だ。

 

救急車が病院到着するまで、あと15分。

準備にとりかかる。

 

どうやら発症してから長くても2時間30分。

脳梗塞であれば、発症してから4時間30分以内であれば、血栓溶解剤が使用できる。

それ以上経過した場合には、脳出血などリスクが高くなり、使用できない。

まごまごしていると、あっという間に1時間や2時間は過ぎてしまう。

時間との勝負だ。

 

Aさんが到着して、すぐに点滴と採血。

その後、頭のCTを撮影。脳出血はない。脳梗塞の陰影もまだ出現していない。

診断は脳梗塞で間違いないだろう。

 

続いて、頭のMRI。CTと違い、MRIは時間がかかる。この間に、脳外科の当番医B先生をコール。

 

MRIでは脳梗塞と内頚動脈の血栓による閉塞がわかった。

到着した脳外科B先生、「うーん、これは血栓溶解剤では溶けないなあ・・・」

 

動脈につまっていた血栓は長く、このままではAさんの命すら危ない。

 

これにさかのぼること数か月、血栓溶解療法に続く治療として、血栓回収療法の準備が始まった。カテーテルを大腿のつけねの血管から挿入し、頭部の血管の血栓を、特殊なカテーテルを使用して、取り去るのだ。

最近注目されている治療方法である。

 

すでに、準備はできていた。

あとは、この治療方法に合致する症例が現れるのを待つだけであった。

 

第1例目は、不測の事態に備えて、人手のある日中におこないたい。これは医療関係者ならだれしもが考えることである。

 

B先生は、決断した。

「よし、血栓回収療法をおこなう!」

反対する者は、いなかった。

 

すぐにスタッフが集まり、血栓回収療法が始まった。

すべてが終了したのは、午前3時を過ぎていた。

 

Aさんの動かなかった左の手足は見事に動き出していた。

 

救命センター医師 山口征吾

 

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新潟・山形地震 魚沼基幹病院DMAT出動

先日、院長ブログにて報告させていただきましたが、新潟・山形地震に当院よりDMAT隊員8名が出動しました。開院して初めてのDMAT出動の様子をお伝えします。

 

6月18日(火)22時22分 緊急地震速報がけたたましく鳴り、数十秒後に地鳴りとともに大きな揺れが発生しました。山形県沖が震源で、村上市で震度6強、津波警報も出ている情報をTVで確認し、病院に駆けつけました。

 

当院DMATは新潟県内において震度6弱以上の地震が発生した場合、自発的に病院に参集するマニュアルがあります。

集まったスタッフとともに被害状況の確認をしながら、資器材の準備を進めました。持参する資器材は、災害の種類、被害状況などから予測される医療ニーズを考え準備します。

寄贈いただいた救急車は傷病者搬送に活躍するため、非常に強い味方となります。

 

DMATは自己完結が基本ですので活動に必要な事務用品から、医薬品、診療物品、飲食など全て準備する必要があります。車両の準備や資器材準備、勤務調整など、出動するスタッフ以外の職員からの後方支援をいただき、19日 0時20分出動しました。

 

まず県立新発田病院へ参集の後、村上総合病院へ派遣命令を受け被災地に向かいました。村上市内に入ると一気に緊張が高まります。道路の被害はなく、信号は作動し、電灯が灯った市内の風景に皆が安堵しました。

4時35分 村上総合病院に到着。病院被害はなく、通常の診療体制を維持できている状態でしたので、派遣された他DMATチームとともに院内待機をし、朝を迎えました。幸いにも大きな余震の発生もなく、緊急的な医療ニーズの拡大もない状態でしたので、撤収し帰院いたしました。

 

現在、当院には29名のDMAT隊員が養成されています。過去の災害の教訓を活かした最新の医療体制を学び、訓練を受けています。災害という特殊な環境下で、限りある資源を最大限有効に活用し、多くの命を助けるには、平時からの準備と、日々の実践の積み重ねが重要となります。日常できていないことは災害現場では到底できません。

 

今回の出動の振り返りを病院全体で行い、いつ何時やってくるからない災害に備え、当院DMATは訓練と、日々の患者さんへの診療業務に全力を注いで参ります。

 

救命救急センター看護師 嶋田

 

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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第10回南魚沼グルメマラソンに救護班として参加

こんにちは 救急救命センター看護師の山口です。

私は6月9日(日)に行われた第10回南魚沼グルメマラソンに、救護班として参加させてもらいました。

今年度から10㎞コースも新設され参加人数も6000人近くになりました。日差しも強く熱中症やけがをされる方が救護所に多く運ばれてくるのではないかと開始前からひやひやしていました。幸いにも気温もそこまで高くならず、時折日影ができる天候となり最終的に15人ほどの方が救護所に来られ処置や点滴を行いました。

重傷な人や大きなけがをされる人がでることなく無事終了することができました。

グルメマラソンは全国に南魚沼市をアピールするうえでとても大切なイベントです。私たちもそのイベントのスタッフとして少しでも貢献できたのでとても嬉しかったです。

来年も機会が合えばまた救護班として参加し、ランナーの方が安全に走り無事家に帰れるよう少しでも力になれればと思います。

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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“あきらめない強い心”が起こした奇跡

救命センター医師の山口です。

 

Sさんは20代のスポーツが大好きな女性です。

その日は、自宅のある関東から湯沢のスキー場に来ていました。

 

スキー滑走中の事故でした。一瞬の出来事とは言え、あまりに大きな事故でした。

 

病院に救急搬送されて、緊急手術を受けました。

しかし、その後も手足はほとんど動かない状態でした。

 

翌朝、私はSさんと勤務交代で初めて対面しました。

このような事故の患者さんは、これから先の人生や、職がどうなってしまうのだろうと不安や恐怖、失望などで頭の中は混乱しています。

話をしたがらない方も多いです。

初めて会う時はこちらもとても緊張します。

 

予想に反して、Sさんは晴れやかな穏やかな表情でした。

びっくりしました。

今まで、こんな表情の患者さんはみたことがありません。

もしかしたら、ケガのことをあまり知らされていないのかな?

 

そんなことはありません。

彼女は自分の状況を、十分理解できていました。

落ち込むのは1年に1回だけと前から決めていたそうです。

前を向いて、今をしっかりと生きるというオーラが彼女から出ているのを感じました。

 

入院中、何度かつらいこともありましたが、彼女は前進しました。

新潟県のいろいろなことを看護師から楽しそうに聞いていました。

一般病棟へ移ったあとも、リハビリをがんばっていました。

 

2ヶ月の入院で、誰もが、びっくりするほど手足が動くようになりました。

自分で車いすを使って、一般病棟から会いにきてくれました。

最後に、わたしたち救命センタースタッフにきれいな字でお手紙を書いてくれました。

 

こんなに、上手に字が書けるまでになって・・・。

わたしたちスタッフもSさんから、パワーをもらいました。

“あきらめない強い心”は、奇跡を起こすよ。Sさんがささやいています。

 

わたしたちは、あなたをずっと応援していきます。

魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
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~平成から令和へ~  救命センター新年度スタート!

救命センター師長の今井です。

 

平成31年度4月、今年度がスタートしました。

今年度は、新しく9名の看護スタッフを迎えています。(ピカピカの看護師1年生も3名います!!)

育休や認定の学校を終え、復帰してくれたスタッフも2名おり、総勢46名というメンバーで賑やかにスタートをきりました。

 

今年はPNSの3つのグループの活動を活性化し、チーム力を強化、クリティカルケア看護の向上、患者・家族に寄り添う看護を目標として1年間頑張って行こうとスタッフ全員で同じ方向に向かって走り始めました。

今回は係長をリーダーとした3つのグループのグループ名(キャッチフレーズ)とグループ目標を紹介します。

 

Aグループ、嶋田係長をリーダーとして、キャッチフレーズは『コードA』

困ったとき、仲間に助けてもらいたいとき、集合合言葉は「コードA」(飲み会も?)さすが、救命センターの顔である嶋田さんのグループ、本当にかっこいい!

目標は「お互いを助け合い、高め合い、アグレッシブ(積極的)にチャレンジします」です。

 

Bグループ、丸山係長がリーダーを務めます。グループ名は『YKB14 わいわいキラキラBグループ』です。丸山さんの明るいキャラがあふれています。目標は「グループ一丸となって向上」前向きなみんなの熱い思いです。

 

Cグループ、勝田係長が引っ張って行きます。このグループのメンバーは各々が、自分のキャラを「我が強い」集まりと思っているらしく、考え出したネーミングが『鷹』~貪欲に物事に取り組む~です。ヤクザ集団ではありません。まじめに渋いだけです。目標は「個性を生かして笑顔で発信する」です。

 

それぞれの係長がみんなの力を集結し、1年間、楽しく活動していってくれると期待しています。今後もブログで紹介していきたいと思います。

 

1年間、どうぞよろしくお願いします(*^^)v