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魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
魚沼基幹病院 救命救急・外傷センター
救命センタースタッフが不定期、順不同で書き綴ります。

これからの人生が輝くように

はじめまして

救命センターの看護師のMです。

 

今回は救命センターに長期入院していた20歳代のA君を6か月にわたり担当していたので、そのお話しをさせていただきます。

 

A君は全身に大怪我を負って、救命センターに入院してきました。事故により精神的なダメージがあり、気持ちは幼児に戻ってしまいました。精神年齢は3歳との診断でした。受傷からすでに9回の手術が行われていましたが、ずっと続く週3回の傷の処置は強い痛みと恐怖心をともなうため、鎮痛剤をしっかり使用しなければなりません。幼い精神のA君は我慢ができません。思うようにならない時は、テーブルの上の物を手で払って床に落とし、大きな声を出して拒否します。

 

食事は好き嫌いがひどくてほとんど食べてくれません。けれど、好きな炭酸飲料は一気にたくさん飲んで、結局吐いてしまいます。1回に飲んでいい量は100mlと制限しましたが、もっと飲みたいとかんしゃくをおこします。吐物で汚れた衣類の着替えにも苦痛がともない、強い鎮痛剤を使用していました。

 

どう対応しようか看護師や医師と話し合いました。

炭酸飲料を一気に飲まないように、工夫をしました。コーラを凍らせてみました!

良いアイデアと思いませんか?(炭酸は飛んでしまうので、ただのコーラ味の氷ですが(^_^;))他にもありとあらゆる飲み物を凍らせてみました。これは大成功でした。

 

私にしてみたら子供くらいの年齢です。いつしか母になったような気分になりました。

毎日接していくうちに少しずつ自分の事を話してくれるようになりました。車が大好きでいろんな所に行ったこと、ラーメンが好きだということ。ゲームの話で盛り上がることもありました。

 

車が好きなだけあってA君には夢がありました。

『車の運転がしたい!』

でも長い期間ベッドに寝ていて、全身の筋力が衰えていることや、けがの後遺症がある彼がその夢をかなえるには相当な努力が必要です。でも叶えてあげたいと思いました。

 

3ケ月ほど経ち、転機が訪れます。

けがの具合が少しずつですが、よくなってきました。以前ほどの包帯は要らなくなりました。

 

さあ積極的なリハビリの開始の時が来ました!

 

まずは朝起きてリハビリを頑張ることをA君と約束しました。

しかし相変わらず昼頃まで寝ていることが多く、起こそうとすると、かんしゃくを起しました。食事をひっくり返したり、テーブルの上の物を床に落としたりする日々が続きました。

一進一退の膠着した状態が続きます。

 

さらなる計画が企画されました。

お母さんの運転で、外出をしよう!

 

当初無謀に思えた計画も、時が流れ、いよいよ現実味を帯びてきました。

 

外出に出かける日がやってきました。

緊急時の対応や行先を確認。みんなドキドキの外出です。

 

ある小春日和の日。お母さんにA君の車を運転してきてもらいました。

ひさしぶりにTシャツ、ジャージに着替えて病院の玄関に向かいます。

そして助手席に乗って出発!

数時間後、無事に帰ってきました。

A君は『お母さんのシフトチェンジが遅くて・・・』と、キビシイ~評価をしていましたが、牛丼を少しだけ食べて満足していました。

延々と続く処置とリハビリの日々にも、週1回の外出が気分転換になりました。

 

「コンビニに買い物頼んでいいですか?」A君から依頼がきました。

食欲が出てきた証拠です。チャンスが来ました。

一緒に病院のコンビニに買い物に行こうと誘いました。

返事はOKです!

 

その日から毎日、歩行器で一緒に病院のコンビニに弁当を買いに行くようになりました。

彼の選ぶ食べ物は、正直バランスはひどいものです。でもそんな事はどうでもよいのです。ほとんど何も口にできなかった日々を思えば、大きな進歩です。

コンビニ弁当の効果でやせ細ったガリガリの体型から肉づきのよい体型になっていきました。

 

そして

 

A君の地元の病院に

いよいよ転院する日がやってきました。A君はリハビリで杖がなくても歩けるようになっていました。

「辛くてしかたない時は相談するんだよ!」と声をかけると、うつむいて少し泣きそうな顔をしていました。

 

転院、退院はまだスタート地点。

これからもたくさんの困難があると思うけど、これからの人生が輝くものであって欲しいと願わずにはいられません。

 

ガンバレA君!

 

 

 

 

 

 

 

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